面接法2 方法論的意識をめぐって
熊倉伸宏:著

2012年発行 B6判 150頁
定価(本体価格1,800円+税)
ISBN:9784880028354

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内容の説明▼

はじめに
 都心の緑に囲まれた閑静な丘があり,そこに隠れた池がある。そして,ひっそりと佇む小さな建物があった。使い古して黒光りした木の床。それが大学の教官食堂であった。そこで昼食をとりながら,30代の私は土居健郎先生と何度も話し合った。
 「臨床家として最も大事なものは何か」
 先生の答えは大体,同じだった。
 「方法論だよ。方法について自分で考えることだ」
 フロイトは先人なきところに,多くの方法論的な試行錯誤をおこない,それを論文に残した。土居先生はフロイトの方法を緻密に分析した。彼らには,学問上の徹底した懐疑と,先達への信頼があった。その姿勢を真似て,私は土居の方法論を分析した。先生は,大変よろこんでくれた。


方法論的意識?


 この本では,私が先達から学んだもっとも大切なものを言葉にしたいと思う。優れた臨床家といわれる人は,皆,その人ならではの方法論的意識をもつ。それこそが臨床の「知」であり,技法であり,研究法である。しかし,それは半ば無意識的で言語化しがたい「何か」であり,教えるのも学ぶのも難しい。それは「師」との出会いの中でしか学ぶことはできない。
 なお,この本を中級者向けというのは,当時の私自身を想定したのである。学部教育を受け,臨床教育を受け,資格を取って,独り立ちしたはずだった。しかし,当時の私は,臨床現場で手におえない大きなテーマを沢山,抱えていた。
 その時,私は土居先生に大学に戻るように声を掛けられた。
 「私は臨床でやらなくてはならないことが,沢山,残っているのです」
 そのように辞退する私に対して土居先生と他の教官は言った。
 「君の論文は読んだ。未解決の大きな臨床問題を抱えているから,君をここに呼んだのだ。それを教室の人たちに教えてほしい。本当の臨床研究をここで築いてほしい」
 こうして,私は大学で若い優秀な人たちに,心の臨床,面接法,臨床統計,倫理学と法などを教えることになった。


 その頃であった。突然,臨床の患者が,私と同じ一人の人間にみえたのは……。
 当たり前のことを今更。そう思う人がいるだろう。しかし,一人一人のケースが,私や私の家族と同じ一人の人間であると確認することは,私には,恐ろしい体験であった。外科医が家族に自らメスを入れることができるだろうか。心の臨床で,そのような痛みが私の心に生まれた。
 臨床の重さを気づき私は唖然としていた。それ以降,私は自分の臨床を問い返す癖がついた。私は無力だった。私ごとき人間には似つかわしくない職業を選んでしまったと後悔もした。臨床家という名の「イカサマ師」ではないかとすら感じた。それは,まさに臨床家としてのクライシスであった。しかし,私の臨床家としての道が始ったのは,この時だった。
 当時の「私」が,ここでいう中級者である。今にしてわかることであるが,それは,形だけの臨床家が,街中に沢山いる人並みの臨床家へと変貌する貴重な時期であった。その後,私は,一つ一つ,その痛みを専門論文に書くことにした。それが私の研究方法であり,防衛方法でもあった。自分を導くのは懐疑であった。自分への懐疑,精神医学への懐疑。「著名な名」への懐疑。それ以外に臨床家でいる方法はなかった。土居もフロイトも,そのようにして臨床家になったことを知った。多くの先生や先輩たちが私を助けてくれた。懐疑と信頼。それなしでは私は臨床家でいられなかった。


 臨床にいるかぎり,あなたは,いずれ,このようなクライシスを体験する。そのとき,その痛みを,どのように解決するのか。それが方法論の原点である。
 そのように自己を振り返りながら,本書を読んでいただきたい。そこに自ずから,人のコピーではない,あなた自身の独創的な方法論が見えてくるはずである。誰のものでもない,あなただけの独創性が……。


 本書のキーワードは,
   方法論的意識,懐疑と信頼,優れた臨床家,臨床言語,
   臨床のパースペクティブ


 本書によって,あなたが一つの非連続的な飛躍を体験し,臨床家として次のステージに進む一助になれば,著者として,これ以上,嬉しいことはない。

おもな目次▼

この本を手にされた方に
はじめに

第一部 方法論的意識
 1. 臨床を学ぶこと,教えること
 2. 一人前の臨床家になること
 3. 言葉にできないことを教え,言葉にできないことを学ぶこと
 4. 臨床家には懐疑が大切であること
 5. 方法論的意識をもつこと
 6. 言葉が最上の方法であること
 7. 自分で見ること,考えること,そして,師を選ぶこと
 8. カオスを思考すること
 9. 過誤への存在
 10. 過誤1:独断存在論
 11. 過誤2:無際限性に支配されること
 12. 意外性の体験
 13. 意外性の体験1:感覚的な先入見
 14. 意外性の体験2:論理的な先入見
 15. 「生」のストーリーを読むこと
 16. 解釈と意外性の循環
 17. 方法論的な多次元性
 18. 実践の理論
 19. 方法論的意識
 20. もはや,臨床は社会的行為であること

第二部 心のパースペクティブ
この章を読むにあたって
Ⅰ.精神療法における構造論的思考
  ……治療構造論のパースペクティブ……
 本論文の解説
 1. 緒言
 2. 方法論的考察
 3. 「構造」概念の創造性
 4. 「構造」概念の歴史的展開
 5. 「構造」の操作的意味
 6. 結語
Ⅱ.インフォームド・コンセントは健常者の論理か?
  ……倫理と法のパースペクティブ……
 本論文の解説
 1. はじめに
 2. インフォームド・コンセントのフィクション
 3. 法的フィクションのシンタックス
 4. インフォームド・コンセントにおける代理判断
 5. まとめ
Ⅲ.新しい関係性を求めて
  ……積極的健康のパースペクティブ……
 本論文の解説
 1. はじめに
 2. ケア・マネージメントの目的
 3. ケア・マネージメントという「新しい関係性」
 4. 「新しい関係性」を支える価値
 5. おわりに
Ⅳ.「生」のストーリー
  ……「たましい」のパースペクティブ……
 本論文の解説
 1. はじめに
 2. なぜ,今,「たましい」を語るのか?
 3. 「たましい」という言葉を必要とするとき
 4. 「生」のストーリー
 5. いくつかの理論的検討
 6. 要約
Ⅴ.関わること
  ……「出会い」のパースペクティブ……
 本論文の解説
 1. はじめに
 2. 「関わる」こと
 3. 実際の症例に即して考えること
 4. 「関わる」ことの分析プロセス
 5. おわりに

所出一覧
おわりに