豪華客船の診察室 航海診療日誌
尾崎 修武 著

2002年発行 A5 判 196頁
定価1890円(本体1800円+消費税5%)
ISBN9784880024561

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内容の説明▼
豪華客船での世界一周中に起こる人生の縮図を綴った全22編からなるエッセイ集。

(まえがきより)
蒼茫たる大海原。見渡す限りの紺碧の海と大空に浮かぶ純白の雲。そして、遠ざかっていく白い航跡 …。海のロマンを満喫するには豪華客船に乗ってクルーズに出掛けるに限る。
ぼくが船医になった理由は、豪華客船に乗って外国に行ったりクルーズを楽しんだりしようというような考えからではなくて、ぼく自信が海と船が好きだったからだというのが正直なところだ。「一年前までは公務員の定年は五十五歳だったのだから…」という訳で、自分が五十五歳になったその翌年に、残りの人生は自分の好きなことをして過ごそうと考えて、それまで勤めていた病院の外科部長の職を辞して船医になったのだ。
船医は全科にわたって診療をしなければならない、ということはあらかじめわかっていた。だから、船医になることを決めたときから、公衆衛生学の教科書をはじめ救急医学や脳神経外科学、整形外科から老年医学、小児医学、そして心電図や腹部エコー、心疾患、糖尿病、挙げ句の果てには旅行医学、等々の本を片っ端から読み漁り勉強し直したのだが、それらの本を読み直しながら感じたことは、今まで如何に自分が外科-それも甲状腺外科を主とした内分泌外科-という狭い領域の医学だけでもって患者を診てきたかということだった。そういう意味では、船医になったことによって、それぞれの患者を一人の人間としてみることができるようになったといっても、けっして過言ではないように思う。医師としての原点に立ち戻ることが出来た、というと少し大袈裟か。
船医の診療所を訪れる患者は、大時化の時には動揺病(船酔い)のために一時間に五〇人を超えることもまれではない。しかし、海が穏やかな時には一日に多くて一五人から二〇人くらいまでなので、一人の患者を診るのに十分な時間を費やすことができる。患者の訴えを納得のいくまで聴くことができるし、病気や病状について時間をかけて説明することができる。多忙な外科部長時代にはなかなかできなかったことだ。それを今実行しているのだというつもりで、日々の診療に当たっている。
本書は、ぼくが船医になり乗船勤務が始まってから、船内の診療所で診てきた患者や遭遇した疾患のなかで、とくに印象に残る症例や場面を記録した診療日誌である。一話一話が読み切りなので、話の内容や時間的関係が相前後するところがあるかもしれない。しかし言い換えれば、どこから読み始めてもらってもよいようになっている。本書によって、船医としての仕事の内容がより明瞭になって、船医は船医なりに一所懸命仕事をしているのだということがおわかり頂ければ、望外の喜びである。

<その一 虫垂炎>より抜粋
 船医の仕事は、船客はもちろんのこと140人近くいる乗組員の健康管理と病気やけがの治療である。乗船中は24時間勤務で日曜も祭日もない。急患が出ると夜中でもたたき起こされるので毎日当直しているようなものだ。病院に勤務している時にはわからなかったが、開業医の先生方の辛さがわずかばかりでもわかるような気がする。24時間拘束はまさしく精神的に疲れる。それでも航海中の決められた診療時間は9時から11時半までと午後3時から5時半までで、しかも寄港して停泊中は一応休診となっているので急患が無い限り自分の時間がたっぷりあるのが救いである。
おもな目次▼
その1 虫垂炎
その2 乗組員の死亡
その3 心臓マッサージだ!
その4 マラリアの患者発生
その5 急性心筋梗塞
その6 歯科の患者
その7 N氏とK氏
その8 コックの怪我
その9 乗組員の生活習慣病
その10 肩関節脱臼
その11 鼻血の話
その12 不眠と自殺企図
その13 肉片による窒息
その14 中学生の指の骨折
その15 C型肝炎と肝細胞癌
その16 慢性呼吸障害の急性増悪
その17 歯冠充填物を誤嚥した
その18 ベトナム性角結膜炎?
その19 降圧薬服用者の足背浮腫
その20 第十四回世界青年の船
その21 真夜中の電話
その22 コレラの予防接種の件